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1.会社譲渡、買収の現状

 毎日のように、会社を買いたい、売りたいという相談を直接や、金融機関、会計事務所、経営コンサルタントの方々から間接的にいただいております。相談の件数も、毎年増加しています。
これまで、会社の譲渡と言うと、オーナー社長にとって「身売り」であり、会社を売ること自体がたいへんな心理的抵抗と後ろめたさがありましたが、これはかなり解消されてきたと感じます。       

 M&A仲介会社が年間1〜2回、日経新聞全国紙にM&Aの全面広告を出していますが、この広告に対する反響は非常に大きく、1回の広告でおよそ400件の問い合わせがあります。問い合わせはいままで電話で受けることが多かったのですが、最近では、インターネットでの問い合わせも急増しています。その内容は「買いたい」「譲渡したい」「その他」に分けられますが、60%ぐらいは「買いたい」企業から相談です。また、15%ぐらいが金融機関やコンサルタント会社からの相談です。いわば当事者ではなく、相談を受けている方からの問い合わせで、「情報交換をしたい」「自分のクライアントでそういう悩みを持っているところがあるので相談にのって欲しい」という内容です。そして、残りの25%ぐらい、およそ4分の1が「譲渡したい」という相談です。
「譲渡したい」相談が増加している背景には、経営者が、会社の将来の安定と発展、自身の年齢、後継者の有無などを客観的に判断されているのと、なによりもM&A情報が増え、M&Aが「出口」手法の1つとして大変有効であることが認識されてきた、知れ渡ってきたことがあります。簡単にいいますと、「M&Aによる譲渡という方法も効果的なのでは」と気づいてきたことにあります。

 同様に「買いたい」経営者も増えており、これもM&Aという手法が会社の業容発展に大変有効な手法であることが、認識されてきた結果です。会社四季報をご覧いただければ、どれだけの会社が「M&Aによる事業拡大」を発表しているかその浸透ぶりは一目瞭然です。


2.業績が悪い会社が譲渡したい会社ではない

  成長している業界で、経営も順調な会社が買い手となり、業績の思わしくない会社が売り手になると思われやすいですが、実際にはそうではありません。

 1つの典型的な事例をご紹介します。

〈事 例〉
 売り手企業の京都建設(仮称)中村社長は、売上約7億円、経常利益5,000万円、時価純資産2億円の京都の優良な建設会社でした。ある日社長がいつものように仕事から帰ってくると、京都市から1通のカードが送られてきていました。それは『市営交通機関の高齢者用無料カード』だったのです。
 京都市では70歳を超えると市営交通機関が無料で利用できるようになるそうです。このとき初めて、自分はもう70歳にもなっていたのか、と年齢を意識されました。これまで、活気のある建設業界でずっと仕事をされてきた社長でしたので、気力と体力は十二分に持っていましたが、逆にそのことによって自分の年齢を意識したことがなかったわけです。特に中村社長は、引退後は趣味の陶芸に時間を割きたいという夢を持ち続けていましたので、70歳を期に引退をしようと考えていました。
 それで、実際に会社を誰かに継がせよう(譲り渡そう)と思ったわけですが、中村社長には子供がいらっしゃいませんでした。そこで、社内のbQの門野専務に会社を譲ろうとお考えになりました。そのことを門野専務に伝えると、「実は自分もそろそろ引退を考えていた」と言うのです。ほかにも従業員はいますが、後継者に適した方がいないという状況でした。
時価純資産が2億円もある会社ですので、清算しようと思えば清算も可能です。しかし、建設業の特徴でもある、1年から2年かかるような仕事も請けていましたので、ここで事業を止めて、清算してしまえば取引先に大変迷惑をかけてしまいます。そして、何より従業員が路頭に迷うことになります。社長として絶対に廃業清算という手段を取ることはできませんでしたので、困り果てて、税理士に相談しました。
 そして、従業員の雇用が確保され、取引も継続し、社長自身も会社清算するより多くの手取りを得られる、M&Aによる第三者への譲渡という方法を知り、M&A仲介業者に相手探しを依頼しました。
 一方、買い手の大阪木材は大阪本社の会社でした。材木の卸をしている会社で、売上は40億円ぐらいでしたが、直近3期赤字でした。創業して50年の会社で、一昔前は売上が60億円ほどあり、とても儲かっていたため蓄積はありました。2代目の社長はこのまま事業を継続していくことにたいへん危機感を覚えていました。業界としても急激に伸びる業界ではない上、じりじりと売上も落ち込んで利益が上がらない。このままではいままでの蓄積を食い潰してしまうだけです。
そのときちょうどM&A仲介会社の新聞広告をご覧になり、「M&Aによって会社を買う」という選択をとりました。そのとき社長は、「なにもしないリスクは何かをするリスクよりも大きい」という判断をされたわけです。
 仲介会社が大阪木材に京都建設を提案すると、すぐに大阪木材から話しを進めたいとの返事がありました。買い手企業の大阪木材は、かつて自社の木材を有効利用できるように、建設業を自前で立ち上げたことがありましたが、なかなか売上を伸ばすことができず、建設業から手を引いたことがありました。しかし、経営基盤のある京都建設を買うことにより確実に建設業に進出できます。さらに京都建設が戸建建築のほかにも神社仏閣などの建築も受注していることから、自社の木材をさらに有効に使えるのではないかと考えたわけです。実際にM&Aを成約し、相乗効果もあり、現在両社とも売上、利益を伸ばしています。




3.会社譲渡の理由

 会社を譲渡したい最大の理由は、後継者不在です。後継者問題は、たいへん深刻な問題です。
世代交代期を迎えたオーナー企業が、会社存続のためにとれる選択肢は次の4つしかありません。

(1)株式の上場
(2)親族・従業員への継承
(3)清算・廃業
(4)第三者への譲渡(M&A)

ここで、1つずつ検討してみます。

(1)株式の上場

 株式を上場して資本と経営を分離した場合、オーナーは株を株式市場で売却することにより、創業者利潤を得ることができ、将来の相続税納税資金の心配もいらなくなります。また、会社の債務に対して個人保証も必要なくなりますので、後継者も経営能力のみで決めることができます。八方うまくおさまり、まさに理想的な解決策です。しかし上場まで辿り着ける企業は非常に少ないのが現実です。全国に約280万社あるといわれる法人の中で、株式を上場しているのはおよそ4000社程度。0.2%にも達していません。現実には、ほんの一握りの企業しか上場できていません。

(2)親族・従業員への継承

 中堅中小企業の事業継承は、従来はオーナーの子供に継承させるのがほとんどでした。しかし昨今は、次の理由によって、身内以外に後継者を探す必要が出てくる場合があります。

1.子供がいない(または娘のみ)。
2.子供はいるが継ぐ意志がない。
3.子供がいるが経営者に向いていない。

 もちろん、親族への継承がうまくいくことにこしたことはありません。しかし、前述の事例のように子供がいなければ継がせることはできません。また、子供がいる場合でも、親の事業を継ぎたがらない子供が増えています。経営者の家庭によくあることですが、子供が中学生のころから一流私立校に入り、一流大学を出て有名企業や上場企業などに入社し、しっかりとした収入をもらっていて、かつ仕事も面白く生きがいを感じている・・・・・といった場合、子供は親の事業を継ぎたいと思うでしょうか。また、継がせたくないという親も増えています。これまで、昼も夜、土日も関係なく働いて、会社は大きくなってきたものの、同じような経営者の苦労を子供にさせたくないという方もたくさんいらっしゃいます。
また、息子が社内いても、経営者向きでないなどの理由で、経営を継がせないケースもあります。息子が会社の取締役として入っている場合が多く、大手の傘下に入っても、引き続き取締役として勤務している事例もあります。
2005年度版中小企業白書によりますと、20年ほど前は会社を継承した者のうち80%は先代経営者の子供であったのに対し、ここ4年くらいの間に会社を継承した者のうち、先代経営者の子供である割合は40%と半減しているのが実態です。
息子が継がないならば、第一に考えるのが会社を熟知した幹部に継がせることです。
しかしこれは結論から言うと、たいへん難しいのです。最大の理由は株式価額と連帯保証の問題です。
中堅中小企業といえども、長年利益を上げてきた企業は内部蓄積が厚くなっており、その会社の株式評価額が億円台になることも多くあります。社員が株式買い取りのために、それだけの資金を用意することは通常不可能です。
もう1つの大きな理由は、金融機関等からの借入金に対する社長個人の連帯保証です。金融機関は、会社資金だけでなく、オーナーの資産、経営能力を評価して企業に融資を行っており、会社の借入金について、社長の個人保証と、個人資産も担保に入っている場合が多いのです。新しい社長に相当の資産がない限り、新社長の個人保証、個人資産担保を差し入れることにより、前社長の個人保証解除、個人資産担保解除をしてもらえる可能性はきわめて低いのが現状です。

(3)清算・廃業
後継者がいなくて、株式上場もできないなら廃業が考えられます。しかし廃業は自分が創った会社がなくなることで、創業者にとっては一番辛いことです。また、従業員や仕入先、販売先に多大な迷惑を掛けることになります。
会社を清算した場合、オーナーの手元に残る金額もM&Aの場合と比較して、大きく目減りするのが一般的です。

(4)第三者への譲渡(M&A)
M&Aで事業を譲ることができれば、従業員、仕入先、販売先に迷惑をかけることはありません。オーナーが、会社譲渡した後の社員の待遇を心配されますが、多くの場合、買収しようとする会社の方が規模も大きく、経営力も資本力もありますので、従業員の待遇は安定することが多いのです。
オーナーの手取額をみても、清算と比べるとM&Aをした方がオーナーの手元に残る金額が多い場合がほとんどです。

 このようなことから、出口の見えない企業が、出口戦略としてのM&Aによる第三者への譲渡、を考えていると言えます。


4.最近の譲渡相談傾向

 最近目立って増えてきた傾向は、譲渡相談者の低年齢化があります。10年前にはほとんどの相談者が後継者問題を抱えた60代でしたが、最近は後継者がいない50代半ばのオーナーによる譲渡の相談が増えてきています。
既に十分な資産を持ち、今後の生活においても金銭的に不自由のない方が、このまま仕事だけで人生を送るより、60歳から70歳くらいの10年間は、妻との海外旅行やボランティア等で楽しい生活がしたいとの希望を待たれています。
これらのケースでは、後継者問題とともに、今後会社を発展させるためには人材、大規模な投資や海外進出が必要になり、自分の年齢を考え、単独ではこれらの展開をできないと感じている等も理由にあげられます。


5.会社を譲渡したとき、譲渡後どのようになるのか

(1)前オーナーは会社譲渡後の引き継ぎなどをどのように行っているのか
会社譲渡後、旧経営者やオーナーは、譲渡した会社の取締役会長や顧問になっていただき、業務の引継ぎを行います。引継期間は、通常、数ヶ月〜半年くらいの期間です。

 土木建築業のように地元に密着していて、M&A後の事業において旧オーナーの影響があると考えられる業種では、M&A後、長期間常勤にて出社してもらうこともあります。取締役会長として4年間常勤していただいたケースもあります。

 引継期間には、常勤期間と非常勤期間を設けます。常勤期間は、いままでと同様に出社いただき、業務の引継ぎを行ってもらいます。非常勤期間は、新経営陣が事業上不明なことなどがでてきたときに教えてもらったり、協力してもらうようにしています。
引継期間が終われば、取締役会長には取締役を辞任していただきます。顧問の場合、顧問契約の終了になります。

(2)オーナーの連帯保証はどうなるのか
M&Aに伴い経営権が移行した場合、旧経営者やオーナーの事業上の連帯保証をすべて解除します。銀行に担保提供している個人資産の抵当権、仕入先などに対する連帯保証、リース契約の連帯保証などの解除手続きを実行します。

 会社の銀行借入については、会社の債務ですので、M&A後の旧経営者やオーナーは一切責任がなく、会社から銀行へ返済が行われます。会社が旧経営者や旧オーナーからの借入金がある場合には、会社の買い手と決めた返済方法に従い、返済が行われます。

(3)社員の待遇はどうなるのか
社員の待遇については、M&A条件の交渉にて決めますが、多くの場合、現在の待遇がそのまま引き継がれます。また、会社が赤字で建て直しが必要な場合を除き、社員の解雇が行われることはありません。

 社員については、M&Aを理由として社員が退職するケースもまれです。社員にとっては、待遇や就業環境が悪くなることがない限り、退職する理由はありません。ただし、以前から退職を考えていて、M&Aをタイミングとして退職する社員はいるかもしれません。
会社の買い手にとっても、社員が退職してしまって、事業運営に支障がでたり、収益性が悪化したりすることは望みませんので、買い手も売り手も社員が退職しないように配慮をするのが通常です。特に主要な人員の待遇については、M&Aの発表方法も含め、細心の配慮が必要です。
M&Aが発表されると、社員はとても不安になります。しかし、多くの場合は職場も守られ、待遇も継続され、企業としても資金力、信用や経営力のある親会社ができて安定しますので、発表後時間とともに、安心感がでてきます。

(4)社名はそのまま残るか
社名は、業界においてその社名が浸透していて、知名度、信用と表裏一体である場合が多いです。従って、社名を変えることによる損失の方がメリットより大きいので、M&A後に変更することはあまりありません。
ただし、M&Aにより大手のグループ企業になった場合には、グループ企業であることを明示した社名の方が信用が増すことがあるので、社名変更が行われる可能性もあります。
いずれにせよ、社名変更は、事業にとってメリットがある場合と方法により行われます。



 

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