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1.一般的な実務手順

 中堅中小企業のM&Aでは譲渡したいという相談から始まるケースが多く、大企業では買いたいというニーズから始まることが多いです。
この一連のM&Aの流れを簡単に示したのが図1です。これは一般的な進め方であり、具体的には個々の事例によって異なってきますが、相談を受けてから成約するまでに全体像は、ほぼこのような経過をたどります。なお相談をいただいてから成約までの期間は、早いケースで3ヶ月位、通常6ヶ月〜1年程度は必要です。



2.譲渡相談の手順・譲渡先候補探索

〔ステップ1〕個別面談
譲渡を考えているオーナーの相談からはじまります。相談は複数回行われることも多く、M&Aの進め方、相手候補などについての説明や相談が行われます。
当然、秘密保持についても、この段階から守られます。
なお、最初の面談の際、重要なのは相談企業の把握以上に、相手にM&Aのステップ(図1)をきちんと理解してもらうということにあります。たいていの場合、経営者はまだ迷っている段階で相談にきますので、成約までのイメージが描けることにより、初めてM&Aが現実のものと感じていただくことができます。
譲渡企業から相談があったときは、できれば面談時に3期分程度の決算書を準備してもらい、面談においでいただくとより具体的に説明ができます。

〔ステップ2〕提携仲介契約の締結
正式に相手探索、M&Aの手続実行を仲介会社に依頼する場合、提携仲介契約を締結し、企業の概要を把握するための各種資料を提供します。また、この段階において費用が発生します。提携仲介契約書の内容は、仲介会社が提供するサービスの内容や費用(着手金と成功報酬)、秘密保持。専任依頼などが盛り込まれています。
案件化ステップにおいては一般的には次のような資料を仲介会社に提供します。

会社概要

商業登記簿謄本
会社案内または経歴書
株主名簿

財務関係

決算書・内訳明細書・税務申告書(3期分程度)
固定資産台帳
不動産登記簿謄本

営業関係

製品カタログ(場合によりサンプル)
販売実績(製品・拠点・取引先別など)
その他業界関係資料や会社の特色など

人事関係

組織図
役員、従業員名簿
給与台帳、社内諸規定

契約関係

賃貸契約書
リース契約
業務提携契約書、取引基本契約書など

その他 経営に関わる重要な事項

〔ステップ3〕株価算定・企業概要書の作成
企業の株価算定の手法は多岐に渡りますが、中堅中小企業のM&Aにおける評価方法として最も多く用いられるのは「時価純資産+営業権」です。特に、営業権は毎年の利益金額や業種などにより影響を受けるので、株価算定については、M&A仲介会社などの専門家へ依頼するのがいいと思います。また仲介会社は、同時にこの段階で、会社名、取引先名、保有資産(設備、不動産など)、財務情報などの情報が記載された企業概要書を作成します。
企業評価は、M&Aのステップにおいては非常に重要な地位を占めますが、その目的は大きく2つあります。1つは、今後交渉を進める際の目安を作ること、そしてもう1つはM&Aを「形」にすることです。企業評価を行った後は、企業評価書という20ページ程度の株価計算書を提出することになりますが、多くの譲渡企業オーナーは、こうした評価書や具体的な金額がでて、初めて本当にM&A交渉を行っているということを実感します。
そうした意味で、この段階での評価はあくまでも暫定価額としての位置づけであり、M&A交渉を進める上での「案件化」の1ステップということです。最終的な価格は、両者の条件交渉を踏また上で、後述の基本合意書を締結し、買い手企業の責任で評価額算定の基礎となった決算書等財務資料の妥当性を確認した上で決定されることになります。

〔ステップ4〕持込先企業の選定
仲介会社は、買い手候補としてふさわしい企業、マッチングできる企業を検討します。譲渡希望企業が属する業界の特徴や動向も考慮しながら、同種の企業に限らず、隣接する業界や異業種の企業も含めた広い範囲から選定していきます。そして、業界の調査や分析、譲渡企業の社長へのヒアリングなどを経て、持込先企業リストを作成します。
リストアップができたら、どの企業に打診してよいかをオーナーと協議し、オーナー社長の考え方や意向で、打診してほしくない先があれば除外し、打診順番を一緒に決めていきます。
候補先のリストアップは通常、譲渡企業の持つ経営資源を生かし、補完できるような買い手の組み合わせを考えることで行うことが多いです。通常、以下のようなパターンを想定するとわかりやすいと思います。

@水平型
同業種・同業態間での、シェアの拡大や営業エリアの拡大といった効果を期待したM&A。銀行、化学業界、製紙業界等で行われている大型合併はこのようなケースが多く、この場合には店舗の統廃合や設備の補完、本社経費の削減などによる合理化メリットが主な目的です。
A垂直型
製造業、卸売業、小売業など川上産業と川下産業の間で行われるもの。
販売先の確保や流通経費の削減が期待できます。
B多角化型
好不況の波や季節変動に影響されにくい企業体質を構築することを主目的に行われるM&A。同業種間でも例えば建設業でマンションと一戸建、土木と建設など商品カテゴリーの違いを補完するケースでも行われます。

〔ステップ5〕買い手候補企業への打診
買い手候補企業への打診は、同時期に1〜3社くらいに打診します。特に同業者に打診するときは、同業界だけに秘密漏洩のリスクが高まりますので、慎重に打診していきます。企業譲渡を考えていることが外部に漏れると、信用不安や社員の動揺といった問題を招きかねません。
打診するときは、秘密保持には大変注意を払います。買い手候補企業への最初の打診は、社名が特定できないノンネームシートの範囲で説明を行います。相手が興味を持った場合には、秘密保持契約を締結した上でまずは概要情報を開示し、具体的な検討に入ってもらいます。


3.買い手企業の進め方手順(買い手側)

〔ステップ1〕ノンネームシートによる打診
 ノンネームシートとは、A4・1枚に、売り手企業の業種・所在地域・売上高・利益おおよその金額・希望条件などが記載されているものの、個別企業が特定されないよう作成された提案シートのことです。 買い手企業は、まずは記載されたノンネームシートの情報のみで、M&Aの検討を開始するか否かを判断します。

〔ステップ2〕秘密保持契約の締結
ノンネームシートで検討し、興味を持ち、より詳細な資料で検討したい場合は、買い手企業はM&A仲介会社との間で、秘密保持契約を締結します。
  なおこの際、秘密保持の重要性が社内関係者に徹底されるとともに、社内関係者の数も必要最小限にとどめられます。

〔ステップ3〕企業概要書の開示・提案
この段階で、売り手企業の概要の開示、および説明をします。企業名を明らかにし、概要情報を開示します。売り手企業の資料や業界を調査した資料をまとめ、段階的に資料を開示していきますが、まず会社の沿革や特徴、相手に希望する条件をありのまま伝えます。概要書には、売り手企業に関する企業情報が網羅されていますので、買い手企業はこの概要書をもとに、M&A実行についての方向性を決定することになります。
  このステップで最も重要なのは、現状を踏まえた上で両社のM&Aでどのようなシナジー効果が期待できるのか、検討することにあります。さらに併せて、価額面を含めた諸条件とM&Aスキームについても検討がなされていきます。

〔ステップ4〕提携仲介契約の締結

買い手企業において、M&A実行の方向性が固まれば、売り手企業と同様に、仲介会社との間で、提携仲介契約を締結します。契約書の内容は、仲介会社が行う業務範囲や、費用(着手金と成功報酬)、秘密保持、専任依頼など。この時点で買い手側の案件に対する本気さが問われることになります。

〔ステップ5〕具体的資料に基づく検討
提携仲介契約の締結後、税務申告書や勘定科目明細書などがファイリングされた状態で、売り手企業に関する詳細資料を開示します。買い手企業は、その詳細資料をもとに、M&Aによる相乗効果やメリットを考え、将来ビジョンを描きながら、最終的にM&A検討を進めてゆくのかどうか、判断します。




4.売り手・買い手の合意までの手順

(1)トップ面談・工場見学
売り手・買い手がお互いに顔合わせを行い、自社紹介や質疑応答が行われます。そこで、売り手社長は、相手(買い手)企業のグループに入ることで自社が存続・発展するかどうかを見極め、一方で買い手企業は、相手(売り手)企業をグループ企業として経営していけるかどうかを見極めます。

(2)基本合意書の締結
交渉内容がほぼ合意した段階で、合意した内容を確認するため「基本合意書」を結びます。基本合意書は、売り手、買い手企業当事者同士が初めて結ぶ契約であり、「基本的な条件と、最終契約に向けて交渉を継続していく」という意向を表明したものです。
この基本合意書には通常2つの意味があり、1つ目として、ここまで複数の買い手候補と交渉を進めていた場合は、いずれかの会社が基本合意契約を結んだ段階で、他社との交渉は一度打ち切らなければなりません。この後は候補先を1社に絞り込んで正式契約に向けて交渉を進めていくことになります。
2つ目としては、基本合意を結んだ買い手候補のみに次項で述べる買収監査を行う権利が与えられます。なお基本合意書は期限付きの契約であり、通常は1ヶ月から3ヶ月程度を期限とするケースが多いです。
いずれにせよ基本合意契約を結ぶということは、その後よほど大きな問題がない限り最終契約を結ぶということを意味します。M&Aの場合、最終契約が締結されるまでは実行されるかどうかの保証はできませんが、この基本合意までにこぎつければかなり確率は高くなります。

(3)買収価額等の条件交渉
お互いの顔を見て、直接相手方の意向を確認した後、次は諸条件の交渉をしていくことになります。このステップが実際には仲介者として最も多忙で、かつ腕の見せ所となる場面です。交渉の如何によっては1日に両社の間を何往復もしたり、1ヶ月をまるまる交渉のために要することもあります。
これは相対だと面と向かって言いにくいこともありますが、仲介者を通じて交渉していくことで、両者とも忌憚のない意見や希望を言うことができるためです。ただし、それをそのまま相手方に伝えると信頼関係が崩れたり余計な疑いを持つようになることもあるので、仲介者がフィルターの役割をしてお互いが妥協できる点を見出していくといった立ち回りもときには必要です。詰めていく内容は、価額、役員と従業員の処遇や雇用条件、個人保証や担保提供の差し替えといった基本的な事項ですが、価額については、この時点で最終価額を決定するケースは少なく、最終価額は次に説明する基本合意書締結後に実行される買収監査によって確定されるケースが多いです。

(4)買収監査の実施
売り手企業の資産の実存性と負債の網羅性を把握するため、買い手の監査法人などの公認会計士が数日かけて監査を行います。売り手企業側は、監査に必要な書類を準備したり、経理や会社内容などについてきちんと説明したり、監査へ最大限協力する姿勢が求められます。
ここまでは基本的に売り手側が提供した情報が正しいという前提で交渉を進めてきましたが、買い手側としては本当にこれまで提示された書類や数字に間違いがないのか、帳簿に記載されていない簿外負債等がないのか気にかかるのは当然といえます。
そこで最終契約前に買い手が指定する公認会計士などが、売り手の会計帳簿の実地調査を行うのが普通であり、これを買収監査またはデユーデリジェンスと呼びます。
基本合意書で、買収監査の結果によって価格等の条件を調整することを定めているケースも多く、買収監査の結果、最終条件が確定し、最終契約締結へと進むことになります。

(5)最終契約の締結
買収監査の結果、特段問題がなければ最終契約を調印し、M&Aはいよいよクロージングです。買収監査の結果を加味して最終価額を決定し(一部を退職金で支給する場合にはその金額)、譲渡企業の社長の個人保証や担保提供の抹消または差し替えの時期、従業員の処遇、役員の一部が引き続き留任する場合にはその身分や給与の額等を決定の上、契約書を作成することになります。
最終契約の調印後、株券と代金の授受を行い、同時に代表取締役印や銀行印などの重要物品を引き渡します。
そして、クロージングで最も神経を使うのが、いつ、どのような形で役員や社員、あるいは取引先などヘディスクローズ(開示)をしたらよいのか、ということです。せっかく社員や会社のためを思ってM&Aを行ったのに、ディスクローズに失敗したため、社員や取引先に不安を与えてしまい、その後の経営がうまくいかなくなってしまっては元も子もないのはいうまでもありません。
本当の意味でのクロージングが完了するのは、これらの手続きがすべて順調に進んで、引継期間が終了し、譲渡された会社が順調に経営されていることを見届けたときに完了するのです。



 

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